皆さんは霊の存在や、輪廻転生を信じていますか?
生まれ変わりは信じていなくても、死後の世界を無意識に信じている方は多いかもしれません。
こんなことをしたら地獄に落ちるかも知れない…。死んだら天国に行きたい…。
宗教観が無くても、私たちは日常生活の中で霊や輪廻転生、死後の世界を感じながら過ごしています。
今回は私が考える霊の理論と、実際に体験したことをお話ししていきたいと思います。
私が考える霊の理論
最初に伝えておくと、私には霊感が全くありません。
しかしもともと霊の存在は興味の対象であり、趣味でいろいろな心霊理論を調べたり、実際に心霊スポットに足を運んだりしていました。また当時勤めていた仕事先に、私と同じように霊やスピリチュアル、輪廻転生について深く調べている方がいました。
仕事終わり、誰もいない職場で二人で遅くまで残りお互いの心霊理論を語り合ったりしていました。私もその同僚も霊感はありませんが、霊の存在を信じています。しかし、それは世間一般の言う霊とは少し違うかも知れません。
世間一般で言う霊というのは、魂の化身です。身体は朽ちても、霊魂がそのまま残り続けるという理論です。
しかしこの霊魂が何かと聞かれれば、「説明のしようがないもの」としか言えません。
私たちはこの霊魂を「微弱な電磁波・電気」だと考えていました。
と言うのも、人の体には微弱な電磁波・電気が流れています。静電気が起きるのもこのためです。
私と同僚は、この電磁波・電気にその人が感じた感情や見た風景、自分の姿が写真のネガのように記録されているのではないかと考えていました。そして人が亡くなった後に放電された電磁波・電気が生きている人間の中に入り込み、感電するような形でまるで亡くなった方が見えてしまう。
これこそが「霊」の正体なのです。
そしてこの感電する力が強ければ強いほど、姿だけではなく生前の記憶までもが再生されます。
また、電磁波・電気には人それぞれ強さがあり、強い人は亡くなったときに大きな電磁波が放電しますし、逆に放電された電磁波を感じ取りやすいと考えていました。
よく霊能力者が行方不明の方を霊力で探し当てたりしていますね。アメリカでは実際にFBIと手を組んで事件の捜査に携わっている方もいます。
そういった方々は電磁波・電気の力が強いため、亡くなった方の姿だけではなく生前の記憶なども見ることができる。
これが、数ある霊の理論の中でも私が強く信じていた理論です。
しかしながら私にはその力が無いようで、これだけ熱心でも1度も霊を見たことがありませんでした。それでも人生で1度だけ、不思議な体験をしたことがあります。
亡くなった母を感じた体験
それは、私の母が亡くなった時のことです。
葬式も滞りなく終わり四十九日を迎えたときのことでした。母の遺品を整理するために、当時4歳の娘と一緒に実家に戻りました。誰もいない、少しほこりくさくなった家に入ったときです。
娘が母の寝室を指さして「ちょうちょ、ちょうちょいる~」と言い出しました。
しかし私には何も見えません。
その後も娘は私が遺品整理している間、ずっと「あ、またちょうちょ」「かあちゃん、ちょうちょあっちに行ったよ」と教えてくれました。
しかし蝶はいませんし、私には見えません。
家に帰り、もう一度娘に「ちょうちょ見たの?」と聞くと、娘は「ちょうちょは、ばあば(母の愛称)だよ。」と言いました。
私はびっくりすると同時に、疑問も感じました。
母の姿が見えたのならまだしも、どうして蝶なのか、そしてどうしてそれが母だとわかったのかがどうしても理解できませんでした。
理論を超越したものは確かに存在する
その後、気になって調べてみると、蝶という生き物は昔から亡くなった方の化身だと言われていることを知りました。
またそのことを知ると同時に、今まで信じていた「人が持つ電気・電磁波がその人の姿を映し出す」という理論がすべてにおいて通用しないこともわかりました。
人間の生や死、霊の存在は、そういった理論の枠では到底図れないものなのだと身をもって体感したのです。もちろん今でも霊は信じていますし、霊が一体なんなのかという飽くなき探求心は尽きません。
ただ1つ言えるのは、この世には理論では説明できない超越した何かが、あなたの周りにも存在しているということです。